私達は宮城県・山元町に支援活動として信州そばの炊き出し3000食を持って行ってきました。長野県諏訪、佐久、松本、上田から15名での参加です。11月5,6日の2日間、仮設住宅をまわってきました。2日目は雨と悪天候でした。

一軒、一軒とお家に伺ってあいさつをしながらそばの炊き出しのお知らせをしました。仮設住宅に移り少し落ち着いた生活になったと話してくれる方がいらっしゃいました。また孤独だと話される方、足が不自由だから外にでられない方、子どもがニコニコ笑顔で手を振って、今日からお家に帰るんだ!!と教えてくれたり、大勢の方とお話をすることができました。そばを待つ列は昼も夜も長い列。からだが温まると喜んでいただきました。こどもの活躍ぶりもなかなかのもので、こども達の元気も頂くよ・・・・・・・・。と優しいお言葉をかけてくれました。きっといろいろなおもいで今日まで過ごしてこられたんだな~と思うと胸が熱くなりました。
仮設住宅の部屋の中を子ども達に見せてくれました。そして以前体育館に暮らしていた時にメッセージつきの焼きそばをいただいたそうです。三重県のこどもが書いた手紙でした。その手紙がうれしくて大切に保管してあるのも見せてくれました。読んだ子供たちの心にも何か届いたように思います。
娘が感じたことを聞きました。
”今大変な思いをしている人がたくさんいるのだから、生活が当たり前にできている自分に感謝しなければいけない”というメッセージを受け取ったようなきがしました。私も、これで終わりにしないでこれからも支援を続けていこうと思う。 という内容でした。

一番海に近い家です。津波で家がすべて流されてしまっていた。悲しいことに一角には女子ミニバスケットボールと書かれたトロフィーが飾られていました。横になったビールケースの中には賞状が入っていると思われる筒が立てかけてありました。きっと誰かが届けてくれたのではないかと想像する。地震がおきた日は3月11日。もう少しで女の子は卒業式を迎えるはずだったが悲劇が襲った。悲しさが込みあげ、手を合わせてきました。きっと津波の勢いも凄く、逃げ遅れてのみこまれてしまった様子。
移動中に海岸沿いに行ってみました。そこでみた中で数枚写真を紹介します。
一番海に近い家です。津波で家がすべて流されてしまっていた。悲しいことに一角には女子ミニバスケットボールと書かれたトロフィーが飾られていました。横になったビールケースの中には賞状が入っていると思われる筒が立てかけてありました。きっと誰かが届けてくれたのではないかと想像する。地震がおきた日は3月11日。もう少しで女の子は卒業式を迎えるはずだったが悲劇が襲った。悲しさが込みあげ、手を合わせてきました。きっと津波の勢いも凄く、逃げ遅れてのみこまれてしまった様子。大勢の方が巻き込まれてしまったと報道では聞きました。
こちらは何故かお家の前に大きな石?岩。どうやってこんな所に流されてきたのかと驚きました。勢いも凄かったことをおもわせます。
宿泊は仙台市まで離れたとこれに行きました。仙台空港の近くも通りました。地震がおきて道路が遮断されていたところはほとんど復旧作業が進み交通面ではスムーズでした。しかし瓦礫の山、車が積まれた空き地、まだ手が付けられていない住宅、線路が途中で切れてなくなっていたりと復旧作業が続けられている。
ある団体にも会いました。パラソル喫茶を開くボランティアの方々は皆さん被災された方です。その方々が立ち上がって仮設住宅を回り皆さんを元気付けていらっしゃいました。各部屋に入居し孤独にならない為にコミュニケーションの場を提供しおいしいコーヒー、お茶、手作りのお漬物や果物、お菓子などをふるまってくれます。本当に皆さん力を合わせて頑張っている姿を拝見させていただきました。
明日のわが身に何がおこるかわかりません。長野県中部地方にも大地震がおきると言われています。防災用の備えを充分にしておきたいと思います。今回、ハードスケジュールで行った宮城県。我々家族にとっても貴重な旅でした。
被災地の皆さんがコミュニケーションの場を自分たちで作り、利用している写真が印象的でした。
返信削除SATOEさんのブログで山元町の「今」が分かります。
震災から8ヶ月。
悲しみを乗り越え、日々生活している方に自分は何ができるだろう?
一日一日を大切にしようと思います。
ツイートに呼ばれて来ました。
返信削除被災地の方に大変喜ばれた様子ですね。
そして、未だ何もしていないのではないかと問われている気がします。
生活しているだけでも幸せなのに、自分の事ばかり考えている・・・。
もっと日々、大事にしなきゃ!
11月5~6日と私は長野県内で開催されたイベントにおいて岩手県陸前高田市の物産を販売していました。商品は陸前高田駅前にあった(3.11の津波で全て流されてしまった)商店街の復興商品をお預かりしたのです。立ち直る自信を失っていたところ、皆で励まし合って復興のために立ち上がったとのこと。
返信削除遠く離れた土地の私にできることは再建するまで長く支援し続けること。そして経済活動をすることだと思いました。
さぁ、私にできることを頑張らなくちゃ。
お疲れさまです。
返信削除そして炊き出しお疲れさまでした。
私たちも日々被災地の方たちと情報交換をしながら、「今、本当に必要なモノ、コト」に対して支援活動を行っています。また行い続けなければならないですね。これからも互いに支援活動について情報交換しましょうね。
今日は震災からちょうど8ヶ月目・・・黙祷。。。
こんにちは。初コメントです!(いつも読むだけでした。すいません。)岩手県に行ってきたんですね。私も震災直後に考えていましたが、行く機会を逃してしまい、お恥ずかしながら今日に至ります。まだまだ、復興に追いついていない様子が見え、心が痛みます。でも、人との繋がりは大事です。絶え間なくしていきたいですね。
返信削除いつも陰ながらブログの更新を楽しみにしている者です。
返信削除気になったので初コメントさせていただきます。
(以下、某大手の新聞記事から抜粋)
「宮城県では、福島県に近い山元町の1時間当たりの放射線量は1.59マイクロシーベルト、事故前の30倍近くになった。 今の山元町で屋外にいると、一般人が1年間に浴びてもよい線量限度に半年で届く計算になるが、県は「健康に影響を与えるレベルではない。安心してほしい」と説明している。半減期を考慮しての、説明だろうが、年間積算被爆量は良くても、瞬間被爆量としては、適切なのか、説明がない。」
放射能は人類にとって未開のものです。
注意するにこした事はありません。
特に子ども達は自分の意志では行動できませんので・・・
もうマスコミや政府の言う事は
返信削除何も信用していません。
気をつけてください。
↓先月の情報です。
http://www.47news.jp/CN/201110/CN2011102001000849.html
里枝さんお久しぶりです。
返信削除被災地での炊き出しお疲れ様でした。
炊き出しの前に並んでいる人達の笑顔や、
被災された方達が立ち上がりボランティアを
している姿などが写真から見えて凄く元気を貰いました。
やはり被災された方達はウチらより何倍も強い心を持っている。
本当にそう感じます。MAYAちゃんも良い経験になり、
その感じたものがこれからの生活に
出てくるんじゃないかと凄く期待しています♪
良いブログをありがとうございました!
ウチも更新したので是非遊びに来て下さい^^
炊き出しおつかれさまでした。
返信削除お子さん達にもよい経験になったようですね。
息子さんが、学校で、被災地での炊き出しのことを教えてくれて、写真もいくつか見せてくれたそうです。
うちの息子もそれを見て、子供なりに思うところがあったようです。ありがとうございました。